西方寺について

浄土宗 本山:知恩院 本尊:阿弥陀如来立像(約三尺)

知多四国霊場/月山篠山霊場 くるま六地蔵/別格亀客番
火度見善光寺如来 永代供養塔 

所在 愛知県知多郡南知多町大字篠島字照浜三番地
電話 0569-67-2114
ウェブサイト www.saihoji.net
Email master@saihoji.net

<由来>
当山は京都知恩院の直末寺で、永正9年(1512)11月19日伊勢神宮火災の際、伊勢神宮の鬼門にあたる篠島の地に「火度見善光寺如来」を安置すれば後世難を逃れると宮中から知恩院に命が下り、永正13年(1516)に西方寺が建立されたといわれています。 尚、その資材は、すべて神宮の古材を用いたと古書にみます。 

西方寺に安置された「火度見善光寺如来」は金仏像で、風林火山の武田信玄公の念持仏といわれ、その息子勝頼が戦勝祈願のため幾度となく、当山を訪れたともいわれます。 この「火度見善光寺如来」は秘仏とされ、拝観した者は短命になるともいわれ、当時は寺社奉行の命令で開帳されたと伝えられています。

本尊は慈覚大師作といわれ、毎年お十夜(10月14日)より翌年降誕会日まで、この本尊に真綿帽子を被らせ安産に霊験があるとされ島の人に分け与えており、今も「安産弥陀」と呼ばれ篤い信仰を集めています。

また巡拝者には「月山篠山霊場」として馴染み深く、土佐国幡多郡月灘村(現高知県大月町)の元月山大勢至菩薩と伊予国南宇和郡一本松村字正木(現愛媛県一本松町)の元篠山大権現十一面観世音菩薩の仏像を泰安することに由来します。 この二体は本四国霊場巡礼では必ず参拝される仏像で、知多四国巡拝でも同様に参拝されています。

当山にはかつて東善寺、安養寺などの末寺がありましたが、東善寺は文禄2年長円和尚の開基せし寺院でありましたが廃寺。 安養寺は慶長6年に長浜城主浅井長政の家臣、安養三郎右エ門の息子源右エ門(開基源土和尚)が西方寺において本尊及び善光寺如来の由来を聞き一寺を建立し、延宝3(1675)年半田市の常楽寺末寺となり、半田市成岩の地へ移転し、現在の西山浄土宗安養寺となっております。

明治28年、名古屋円輪寺住職蒼典上人より寄附された仏画「二十五菩薩」常信画は、当山宝物の一つです。